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泉 俊郎
建築作家
一級建築士 第106600号

『設計は感謝…』

建築や環境を造ることは、私に与えられた“出会い(=依頼者)”への感謝の“しるし”を表現することです。
都市や地域に日々生まれる全ての建物や施設は、建主・利用者そして環境や地域にとって歓迎され喜ばれるものであることが望まれます。
社名は、日本で最も美しいことば「ありがとう」から生まれました。「ありがとう」とは、人と人との出会いの間(=社会)で最も多く交わされる感謝のことばであり、建築や環境づくりを通じて表現したいと考えています。
当社に集い協働するスタッフは、感謝の心と高い志を懐いて日々の企画や設計に取り組んでいます。

『未来の建て主、事業の為に!!
No.1の幸せ(繁栄)を目指して』

“街”は道と建築と集う人々によって考えられ造られて来ました。
そして、これらの土地や地域は、すぐれた建築や環境に恵まれてその良さが発揮されます。
普通の場所や見劣りした場所でも、美しい建物や環境の誕生で、人々の間で愛され輝くこともしばしばです。
建築は、土地を最大限に生かして、真剣に建てられるべきものです。良くも悪くも、そこに長く建ち続け、建て主の意向を満足させたり、又は大きく反する場合もあります。建替や、やり直しは、容易ではない大きな〝もの〟です。
まわりを見渡すと、残念ながら、価値ある環境や土地が『豊かな街づくり』に結びつかない建築が多く見受けられます。飛ばない飛行機や、燃費のひどい車ならすぐ気付くのですが、建築は、完成後しばらくして、粗悪さに建て主が一番先に気付くことになります。この時には仕方なく、多くの負担で維持されるか、又は放置・解体されます。
当社が目指すのは、環境・土地・建物が豊かに調和した『建築づくり』の実現です。
ARI設計は、1985年、建築設計・監理の“オンリーワン”“ベストクリエーター”を目指し、仙台市に開設しました。これまでに様々な建築の企画・設計・監理・環境計画・地域開発に携わって参りました。そして、30余年の実績と2017年(平成29年)の事務所移転を機に、建物の維持管理や、マンション等の大規模改修のコンサルタント業務でも“ベストパートナー”を目指します。
ご縁をいただければ、これまでに学び培われた技術と経験で、新しい時代や未来にふさわしい内容の「ハートフルビルド」(心のこもった完成品)や“理想の建築・環境づくりと大切な建物や環境の保全”を追求し、皆様のご要望にお応え致します。
今までにない、なかなか出会えなかった“健康的で納得のいく最良の建物”“安心して、永く使える建築づくり”そして“環境提案”を約束いたします。

PROFILE

1950年生まれ、宮城高専卒後、父母に頼み1日1食と決め自宅土蔵で1年間の独学。 2回目の北海道回りは、九州の大学生の事件の直後だったのでクマに出会ったらと母に反対されたが、日本全国を3回に分けて1段ギアの自転車で野宿旅行をした。途中で、皆様にいつばいお世話になった。
1年後、2月はじめに、大阪で4月からの求職活動をし、最初の会社で採用となった。
4月から建築の本質を学ぷために施工会社の現場を希望し株式会社浅沼組に勤務した。和歌山・奈良・京都と4か所の現場事務所に泊まり、2年9か月を過ごした。
幾度も社長宅へ押しかけ希望が叶い、株式会社東畑建築事務所へ1月5日に入社。 大阪、東京と5年3ヶ月の学び、さらに4年間千葉市の株式会社桑田建築事務所で人の3倍を目標に学ぶ。
仙台で開設準備を1年ほど経て33歳でアリ(ARI)設計開設。

現在の仕事についた経緯

小学校5年のころ、鶏の卵を取る日課で鶏糞の上を歩くのが苦痛でした。自分で考え材料を揃えて地上70センチほど浮かせて鶏舎を作りました。 約10羽ほどが入る小屋でしたが、臭わないし産卵が増えたうえ、鶏の寿命が延びたとのこと。近所で数件が建てられたと父に聞いて、自分のものづくりに自信を持った記憶があります。
中学の進路指導も東京での一浪覚悟で自分で決めました。高専3年ころ、医者か建築家で迷っていた時に、最前列で脳外科手術の映像を見て気持ちが悪くなりました。医術の道を諦め、一路建築家の道が定まりました。自作のタクトを振っていたり、絵や彫刻も野宿旅行も週一回の雨天不問の卒業年の20キロマラソンも『真善美』の学びと体験として、自分に課した学生時代でした。卒業研究『衆の追求基礎研究』は、教授から認めないといわれましたが、『衆の在り方』も『衆建築』も大切と主張し、私の担当を受けてくれた教授のおかげで完成させました。これらは、今も「道の駅」の経済システムや「街づくり」に繋がってきています。
1級建築士の資格は25歳ごろ1回で合格しましたが、何もわかっていない自分は大学の入学試験合格者と自認し 翌年から3年間の日本建築大学という通信教育を本気で受けました。
そして友達や親戚の仕事は、10年間は受けないと決意し独立しました。自分に自信を持てずに仕事を続け39歳になりました。この時の5階建てピルを機会にプロの1級建築士として自分の可能性を覚えました。ビフォアーアフターの出演断りや、建築文化の掲載断りも、 本当の実力が身に付いていないとの自覚があった為と思います。
これまで、3-7人のスタッフと何度かコンペテッションに挑戦してきました。今は、幼稚園・保育園のプロポーザルは、勝率が60パーセントを越え、自分の仕事が出来つつあります。これからも施工者やメーカーと、プロの設計者としての立つ位置を正しく保ち、未知の岩場の中を可能な限り高い山を目指したいです。

仕事へのこだわり

行列の毎日続く料理店。同じ用途・面積で家賃が高い賃貸建物。定員増し上限が続く施設。満室のテナントビルや都市型施設。一番公正に評価してくれるのは、お客やテナントなどの利用者。住んで、使って、利用して、多くの人が認めてくれる、選んでくれる建物や施設には共通の要素があります。それらには、プロの建築家が全身全霊を尽くして自分を超えて生まれてくる『真善美』が表れています。
土地と依頼者や環境を裏切らないプロとしてのクリエイティプな設計者なら可能です。私も新しい建物に取り組む前にその土地に手を着き誓います。美味しい料理・名医の診断・名画の創作等それらの全てに大切な「真善美』の要素があり生かされていると確信します。
私のこれからも、依頼された仕事へ可能な限りの努力を続けます。

若者へのメッセージ

私も若い時があり、もう少し違う生き方があったと思います。 しかし、ここまでのプロセスをやり替えても、本質的に結果が変わって良くなるとは思えません。若さの特権と思って、正しいと思ったり諦めきれない希望は、考え過ぎずに、全力で当たって学び挑戦することをお勧めします。苦労や努力を惜しまず頑張りましょう。
その後は 自分にふさわしい結果が育まれ、成長して形成されると思います。